丹波地域の横尾姓・横尾氏の概要については、ほとんど判明したので、これまでの記事を振り返ってもらえればOKなのだが、少しだけ補足事項があるので、書いておこうと思う。
横尾、という苗字そのものは全国にあり、それぞれ別の氏族であったり別の由来があったりするのが当然なのだが、その昔、ある方が「日本中の横尾氏、横尾姓」についてご自身で調べて、それをブログで発表なさっていたことがあった。
その方のブログは平成23年(2011)年で更新が止まっていて、その後ブログ本体もネットからは消えてしまったのだが、当方ではそのデータの大半を保存していたので、そこから少し考察を加えてみたい。
ブログは、「和左衛門」さんという方が書かれていて、ご先祖の「横尾和左衛門」さんにちなんでのブログネームであったようだ。
「九州に伝わる横尾一族の足跡」
というタイトルで、主に佐賀を中心とした横尾姓についてずっと調査なさっていた。
その調査が全国を網羅するものだったため、大いに参考になったのである。
さて、その和左衛門さんのブログから、丹波横尾氏に関する記事を抽出してみたい。
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<2011・4・30の記事>
丹波市山南町に横尾さんが10件ありました、もしかして京都府南丹市園部町にも近いので繋がりがあるかもと思い電話を入れました。残念ながら詳しい歴史は分からないそうです。横尾四郎左衛門という人が姫路辺りから加古川をさかのぼり、この地ヘやって来た。いつの頃かはっきりしないとのことでした。
丹波市は、兵庫県旧水上郡6町が合併し新設されています。私は最初横尾姓の起源は丹波だと思ったのでこの丹波市ではないか、隣の西脇市は横尾忠則氏(イラストレーター今は確か画家だと思います)の出身地ですし、でも丹波市は2004年11月に誕生したばかりです。西脇市も京都丹波の帰りに寄りました、多くの墓石が立ち並ぶ霊園がありましたので、そこに来られている方に尋ねたら横尾忠則さんぐらいで、他の方はあまり聞きませんとのことでした。
姓名分布ランキングでも西脇市は横尾さんが0件です。
次に加西市に横尾の地名がありますので寄って図書館で地名の由来を調べましたが、地名辞典で見ますと、山の尾根が横に連なっている地形からの地名でした。
なんと加西市の横尾は市のど真ん中にありました、姓名分布ランキングで横尾さんは1件です。
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和左衛門さんの調査からは以下のポイントがわかる。
■ 丹波市山南町の横尾姓は10軒
■ 横尾四郎左衛門が姫路あたりから加古川を遡ってやってきた
■ 時代についてははっきりしない
■ 加西市に横尾の地名がある
■ 加西には1軒の横尾姓がある
結論から言えば、この情報は「誤り」が含まれているものの、大枠についてはかなり真実に肉薄していることになる。
■ まず山南町の横尾姓は「小新屋村」のそれである。合っている。
■ 横尾四郎左衛門は、誤認であろう。「横尾四郎大夫(正政)」が正しい。
■ 丹波には播磨から移動してきている。これも正しい。加古川を遡ってきたかどうかは定かではないが、位置関係としてはそういう雰囲気になるので、おおむね合致する。
■ 時代については戦国時代。天正11年に横尾四郎大夫は死去している。
■ 横尾の語源は「加西郡横尾」であり、これも正しい。
■ 加西には「桑原」という村があり、ここがおそらく横尾四郎大夫の領地であっただろうと考えられる。実際この桑原村で彼は死んでいて、この桑原村にわずかな横尾姓がある。正しい。
余談ながら横尾忠則さんの横尾姓については、現段階ではなんとも言えない。地理的には加西もしくは丹波の横尾氏の可能性もあるが、別の地域から来られた一族の可能性もあるので確定的ではない。
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以上が、和左衛門さん調査分への補足である。